建国記念の日のほんたうの意味

2月11日は日本国の「建国記念の日」です。

「建国記念日」ではなくて

正式名称は
「建国記念の日」

つまり、
あえて「の」が入るのが正式名称です。

なぜ「の」が入るのか?

この日に込められた
「ほんたう」の意味はどういうことか?
を、今日は解説をします。

その前提として
とても重要なのは、
今年2020年が、
この記念日を制定する大元となった
「日本書紀」が
書かれて完成してから
ちょうど1,300年目にあたるということを、
まずは知ってください。

これは
とてもとても重要なことなのです。

昨年から
「令和」という新しい年になりましたが、
これは日本という国ができて
1,300年という節目を迎える準備として
新元号になった、
というのが実情です。

日本独自の年号のカウントの仕方として
「皇紀(こうき)」というものがあります。

現在2020年は、
皇紀2,680年になります。

これは明治5年(1872年)に
明治政府が制定した年号カウントの方式です。

つまり、
「皇紀」とは日本国政府が発令した
正式な年号であるということです。

皇紀元年は、
いつかというと、
西暦紀元前660年のことであり、

この時、
日本(当時は大和と言った)の初代天皇である
「神武天皇」が即位をした日となっています。

ちなみに西暦というのは
キリスト紀元に基づく
年号カウントの方式なので、
それを考慮して、
日本神話をベースとした年号が
定められたのです。

ちなみに、
現在の世界標準は
「グレゴリオ暦」と呼ばれる計算方式で、
一年を365日と計算する暦が
国際標準として採用されています。

このグレゴリオ暦に換算すると、
旧暦の1月1日は、
2月11日に換算されるので、
今日が「建国記念日」となっています。

で、
この大元になった原本が
「日本書紀」である
ということです。

この事実は
ギネスブックにも認定され、
世界で一番歴史が古く、
しかも長く存続している国家は、
日本である
ということが
世界で認められた常識となっています。

ところが、
歴史は塗り替えられたりするものです。

「大東亜戦争」
(一般的には第二次世界大戦と呼ばれる)が終了した、
1948年(昭和23年)に
占領軍 (GHQ)により、
日本の文化から
国家神道を徹底的に排除しようとする目的で、
この名称は廃止されました。

つまり、
1948年に「建国記念日」という呼称は、
この時点で使ってはならないものとなったのです。

 

闇に葬られた恐るべき日本の内閣

ちなみに
この時の日本国の内閣は
日本社会党委員長あった「片山 哲(かたやま てつ)」であり、
熱心なキリスト教信者でした。

驚くべきことに、この時の内閣は、
「片山 哲」が総理大臣であると共に単独で全ての大臣を
兼任したのです。

日本の歴史に残る前代未聞

総理大臣がたったの一人で
全ての大臣を兼任した単独内閣であったのです !!

これはGHQが傀儡政権をつくるために
任命したものであり
GHQの意図したのは日本国民を
「キリスト教信者に塗り替える」という計画でした。

 

さらには
この時に現在の憲法9条を含む
日本国憲法が強引に制定されました!!

さらには
この時に「大麻取締法」が制定されました!!

「大麻取締法」とは神道に使用する
「麻」を封印することを目的に制定された法律であり、
吸引目的ではなく衣類に使用する「麻」すらも取り扱いできなくする法律です。

ちなみに伊勢神宮の霊札の正式名称は
「神宮大麻」と呼びます。
これすらも封印しようとした
という意図が込められているということなんです。

つまり
日本国憲法が制定された背景は
このような単独政権の時に
どさくさに紛れて
無理やり制定されたものだった
というのが
「ほんたうのこと」です。

この事実は
西鋭夫教授のフーバーレポートにて
克明に証拠と共に記載されています。

終始GHQの言いなりであったため
当時、後の吉田茂らにより「グズ哲」とあだ名されました。

この写真に載っている「片山内閣」の顔ぶれは
当初単独内閣で発足した組閣をその後、
さすがにそれではまずいということで増員したものですが
この時、片山首相以外で大臣として参選された条件が
「キリスト教信者」であることだったのです !!
信じられないことですが、
このことは噂ではなくまぎれもない事実なのです。

ちなみに
この時に「建国記念日」が廃止された理由は、
神武天皇は日本書紀では127歳まで生存したことになり、
いくらなんでもそんなに長生きするわけがない、
として、この史実が否定されたからです。

日本の建国の復活

しかし、さらに時代が進み、
国民からの声を受け、
1966年(昭和41年)に、
新たに「建国記念日」が復活します。
ちなみに、本来の名称は明治時代までは
紀元節」と呼ばれていました。

これは、日本歴史学者であり、皇學館大学元学長である
田中 卓(たなか たかし)氏が、
三笠宮崇仁親王に『神武天皇紀元論』を進呈したことから
法務改定の実現につながりました。

国民の祝日に関する法律
(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条により
「建国記念の日」というものが、
正式に制定されたのです。

この時の制定の趣旨は、
「建国をしのび、国を愛する心を養う。」
と規定しています。

正式に祝日として運用が始まったのは、
翌1967年(昭和42年)2月11日からのことです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ここで、あらためてポイントを整理しますね。

①「建国記念日」とは、明治5年(1872年)に
明治政府が制定した国家建設のスタート日

②「建国記念日」が1948年(昭和23年)に
GHQによって廃止される。
この時点で、日本のスタート日が消滅します。

③あらためて「建国記念の日」が、
昭和42年(1967年)から昭和政府が制定した
国家建設のスタート日が運用された。

ということです。

ですから、
「建国記念日」と「建国記念の日」は、
同じ日を指す言葉であり、
同じ日の祝日なのですが、
「の」が入っているかいないかは、
GHQが介入しているかいないかの
違いを表す言葉ということになります。

たった一つの言葉
「の」が入っているかいないかで、
こんなにも意味は違うということなのです。

これが「ほんたうのこと」です。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

天地彌榮塾では「ほんたうのこと」を
教える学校ですが、
このように「ほんたうのこと」とは、
「正確なこと」を理解する、
ということでもあるのです。

今日は、
日本人にとって、とてもとても重要な意味を持つ日です。

「ほんたうのこと」を理解することが大切なのです。

ABOUTこの記事をかいた人

郷右近丸彦プロフィール 郷右近 丸彦(ごううこん まるひこ) 株式会社スピリッツ・ザ・ウォーター代表取締役 天地彌榮塾(あめつちいやさかじゅく)塾長 NPO法人サスティナブル・コミュニティ研究所 理事・主任研究員 1959年生まれ 職業・プランナー、プロデューサー、企画コンサルタント。 東京国際大学卒業後、メーカー、マスコミ業界、テレビ事業会社を経て独立。 平成9年9月9日に銀河鉄道999を走らせる「銀河鉄道999フェスティバル」、鳥取県境港市のテーマパーク「ゲゲゲの妖怪楽園」、環境浄化せっけん「善玉バイオ洗剤《浄(JOE)》」など数々の社会現象として話題となるイベント、事業、商品開発などを企画プロデュースする。日本を明るく元気にする「感動プランナー」を育成し、事業プロデュースをする感動創造プロデューサーとして活躍。解決が難しい課題を、わかり安く親しみやすい切り口からアプローチ、話題づくりにつなげることが評判となり、一部上場会社の企画顧問、様々な企業コンサルティングを行う。 現在は「ほんたうの幸ひ」とは何か?をテーマに「天のルール」と「地のルール」を教える「天地彌榮塾(あめつちいやさかじゅく)」の塾長として活躍中。全国の神社を案内しながら、古神道にのっとった神社参拝方法や日本人の本質、大和魂とは何かを教えている。 その他役職 NPO法人サスティナブル・コミュニティ研究所 理事 主任研究員 趣味 書家。映画、舞台、能、絵画、メディアアートなどの芸術鑑賞 https://www.facebook.com/gogo.ukon