世界平和の限界

世界平和の限界

 

「ほんたうの幸ひ」に
至るためには
正しいのではなくて
「正確」に理解することが大切です。

「世界平和」という言葉は
今まで、私たちが生活する上で
もっとも大切な言葉と
教えられてきましたが
それは正確な理解ではありません。

言葉はとても大切です。
そこには「言霊」といって
様々な意識が宿るからです。

そのことを知るためには
普段なにげなく使っている
言葉の意味、
語源やどのような背景をもって
使われてきたのかを
知る必要があるのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ではまず「世界平和」の
語源から解説しましょう。

「世界平和」という言葉、
考え方は人類にとって比較的
新しい考え方です。

いつ生まれたのかというと
第二次世界大戦以降に
生まれた言葉なのです。

この言葉の意味することを
学問として「平和学」という定義で
1965年に国際平和研究学会(IPRA)が発足し
1973年に日本平和学会(PSAJ)が創立されました。


「平和」とは
戦争が発生していない状態を意味し、
元来、戦争は宣戦布告に始まり
平和(講和)条約をもって終了し、
これにより平和が到来すると
定義されています。
(wikipediaより)

つまり「平和」という言葉
そのものの意味は「戦争をしない」
という意味です。

またこの言葉の奥には
「人種差別をしない」
という意味も含まれています。

「平けく和する」ということは
平らかなので
均等で等しいという意味を
持ちます。

ところがこの世の中は
「平らかではない」し
「平等ではない」のが
自然界の法則です。

いろいろと本質を理解していくと
わかりますが
自然界は理不尽なものです。
だから突如として
大津波や地震という災害も起きるのです。

つまり「平和」という言葉は
「人類視点の言葉」であるということです。
戦後に植え付けられた
「自由と平等」という
幻想に基づいた言霊なのです。

また「世界」とは何を指しているかというと
「人類の世界」ということなのです。

私は神道を伝える者として
「言霊」ということの意味も
伝えていますが
「世界平和」という
言葉に込められた
「言霊」の力も存在すると
判断しています。
神道界の認識でいうならば
この世は
平等ではなく
未知なる力に対して
恐れ敬うことで
安らかな状態が保たれます。
「世界平和」は必ずしも
私たちの「ほんたうの幸ひ」を
表す言葉ではない
ということです。

かつて世界的規模で戦争が
行われた時点では
「世界平和」を全人類の
スローガンとすることには
とても大きな意味がありました。

けれども
20世紀を過ぎて21世紀となった
現代ではすでに状況が変わっている
ということにも氣づいて欲しいのです。

今必要な思想・哲学は
「世界が平和であること」
よりも
「地球に存在する
全ての生命が共存すること」
です。

「人の命は尊い」
それはその通りです。
けれども同時に
「人以外の生命も尊い」
ということにも
そろそろ人類は
氣づかなくてはならないのです。

10年前の世界の人口は
約60億人でした。
現在の世界の人口は
約73億人です。
たったの10年間で
13億人も人類は増えてしまいました。
一方人類が増える影で
死滅する生物種は
一年間で一万種を超えるまでに
なっているのが
現代の事実です。

このことの理解までに
いたっていない人に
「世界平和」は時代遅れの言葉に
なっているということを
お話ししたところ
あなたの考えは傲慢だ
少し謙虚になった方が良いと
思いますよ。

ということを
昨日、私に言って
くださった方がおりました。

自分の知識が正しく
あなたの知識はまちがっている
と主張するとこうなります。

その方は
「知る」「智慧」ということにおいて
まだ途中段階の理解にいる
というように思えます。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「無知は罪である」
という言葉は
紀元前に生きた哲学者の
ソクラテスが言った言葉です。

この言葉には実は
さらに続きがあります。
「知は空虚なり、
叡智を持つもの英雄なり」
です。

「叡智」とは
「情報を知る」ことを超えて
もっと上位にある概念、
つまり「神の智慧」に
たどりつくことです。
この「叡智にたどり着く」
ためにはどうしたら善いのか?
それは
現在自分の知っている情報・知識は
最上のものであるかどうか?
を常に検証していくことでもあります。

ともするとほとんどの人は
現在自分がもっている知識を
正しいと勘違いしてしまい
自分の知識と違うことを
主張する人を
あなたはまちがっている
と攻撃することがあります。

かつてガリレオが
地動説を唱えた時に
時の権力者たちは
天が動いているのであって
ガリレオは異端だと
ガリレオを投獄
してしまいました。

現代ではどうでしょう?
病氣になったら薬を飲む。
牛乳は健康に善い。
電子レンジは便利だ。
という知識を鵜呑みにしていませんか?

これらの古い情報を
リセットすることが
あなたを進化させることに
なるとは思いませんか?

そしてこのことは
「知っただけではなく」
「行動すること」なんです。

私はこの
「世界平和」の先にある
考え方・哲学を表す言葉が
「天地彌榮(あめつちいやさか)」
であると理解しています。

「天と地が共に栄えること」

「宇宙(神)と地球(全ての生命)が
一つにつながり
未来永劫、持続する繁栄をすること」
という意味の言霊です。

天地彌榮とは
私がつくった言葉ではなく
古代からの日本に伝わる
叡智が込められた言葉なのです。

この写真、
一見良いイメージですが
実はまちがった認識
をしていることが
わかりますか?

指を二本開いて差し出すサインは
「ピース」と教えられていましたが
実はそれは違います。

このサインは
「ヴィクトリー」を表すサインです。
広島に原爆投下をした時に
チャーチルがこのサインを出した。
どういう意味ですか?
と質問されたところ
「これは、ピースサイン
(戦争が終わった)だ。
世界の平和は、この二本、
広島・長崎に原爆投下に
よってもたされた」
と語ったと言われています。

相手を倒して
勝利を勝ち取ったぞ !!
やったー !!
俺は戦争に勝ったぞ !
というサインが
このサインなのです。

自分都合の「平和」のサイン。
自分は戦いに勝ったから
自分たちには平和が訪れたのだ
と認識するサインです。

ちなみにこのサインを出すと
ギリシアでは
「くたばっちまえ ! 」
という意味となり
相手にケンカを売る時の
サインとなります。
イギリスでは
「ファック・ユー」と
同じ意味で使われるそうです。

日本でも
最初はテレビで
「サインはV」と
言ってたじゃないですか?
それがいつから
ピースになっちゃったんだ?

では、
ほんたうの「ピース」とは
どういうサインかというと
二本の指を一本に合わせて
差し出すものが
ほんたうの「ピース」である。
二つの指を開くのではなくて
くっつけて出すのです。

これは、二つの異なる価値観の
種族が共に歩みよって
一緒の道を進むことを約束した。
という意味のサインである。
これが、
共存共栄の意味である。

このことを私に教えてくれたのは
アメリカの先住民
ネイティブアメリカン・ホピ族の
長老であるロイさんからです。
本人に会い
直接教えてもらいました。

知っている人も多いと思いますが
「インディアン」という言葉は
ネイティブアメリカンを蔑視した
言葉です。

紀元前の中国が日本を
「倭(わ)」の国と
呼んだのと一緒ですね。
「魏志倭人伝」とは
こういう意味です。

「倭」とは
「小さく取るに足らぬもの」
もしくは
「従順で従うもの」
という軽蔑語です。

「和」とは別な意味なんです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

このように
「ほんたうのこと」とは
語源のルーツや
どのような意味で使われていたのか
という大本に立ち返らなければ
理解をするにいたりません。

実はこの世をコントロール
しようとしている人々は
そのことを重々承知の上で
あえて、その本来の意味を
捻じ曲げて
洗脳として使っています。

言霊の威力を意図的に
悪用した洗脳の一種なんです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「世界平和」といいながら
一向に
戦争がなくならないのは
なぜだと思いますか?

それは「平和」の意味を
取り違えているからです。

かんたんに言いましょう。

戦争は経済の行き詰まりを
打開することができるから
するものなんです。

儲かるからやっている。
商工業の利益を世界的に
広げていくために行っています。

TPP(環太平洋パートナーシップ協定)も
その一つです。
これって、一種の戦争なんですよ。
ちっともパートナーシップなんかじゃない。
言葉に騙されちゃ
ほんたうの意味がわからないんです。

ちなみに
「ノーベル平和賞」って必ずしも
地球規模の繁栄に貢献した人に
与えられるものではないってこと
知っていますか?

もちろんそれに値する人物もおりますが
そうではない人物も
「ノーベル平和賞」をもらってます。

ここでは実名を上げることは
あえて控えますが
「えぇぇ〜〜っ??」という人も
その中にはいます。

全てマスメデイアが操作してつくりあげた
イメージ戦略によるものなんです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ほんたうの幸ひ」に
たどりつくためには
従来の常識だと思っていた
様々な情報の意味を
洗いなおして
根底からリセットする
必要もあるかもしれません。

ところが
「世界平和」という言葉を
金科玉条のごとく
大切な拠り所にしていた人たちにとって
「世界平和」という言葉を
もう一度考え直してみてくださいね。
と言うと
それは自分のことをバカにされたとか
ないがしろにされたと捉えて
烈火のごとく怒る人が
出てくるのです。

また、
問題が複雑になっていて
何が「ほんたう」なのか
わからなくなって
しまっている問題に対しては
議論の渦の中に入ると
うっとおしいから
その中に入らないようにする人が
多いのです。

「憲法9条」

「靖國神社参拝」

「天皇論」

などは、その最たる例でしょう。

これらのことは
実は日本という國は
どういう國なのか?
ということを理解するためには
避けていてはならない
重要な問題だと私は判断しています。

なぜなら、
このことを考えることは
私たち日本人とは
なにものなのか?
という自分自身の問題に
直接関わることでもあるからです。

こういうことを
今の学校では教えてはくれない。
というか
先生という立場の人たちが
これらの根本的な意味を
全く理解していないからです。
だから日本という國が
どんどん悪循環になっているのだと
私は思います。

今日も長文になってしまいました。
いつもおつきあいいただいてありがとうございます。

今日も一日、
あなたが十分幸せを感じていられますように。

ABOUTこの記事をかいた人

郷右近丸彦プロフィール 郷右近 丸彦(ごううこん まるひこ) 株式会社スピリッツ・ザ・ウォーター代表取締役 天地彌榮塾(あめつちいやさかじゅく)塾長 NPO法人サスティナブル・コミュニティ研究所 理事・主任研究員 1959年生まれ 職業・プランナー、プロデューサー、企画コンサルタント。 東京国際大学卒業後、メーカー、マスコミ業界、テレビ事業会社を経て独立。 平成9年9月9日に銀河鉄道999を走らせる「銀河鉄道999フェスティバル」、鳥取県境港市のテーマパーク「ゲゲゲの妖怪楽園」、環境浄化せっけん「善玉バイオ洗剤《浄(JOE)》」など数々の社会現象として話題となるイベント、事業、商品開発などを企画プロデュースする。日本を明るく元気にする「感動プランナー」を育成し、事業プロデュースをする感動創造プロデューサーとして活躍。解決が難しい課題を、わかり安く親しみやすい切り口からアプローチ、話題づくりにつなげることが評判となり、一部上場会社の企画顧問、様々な企業コンサルティングを行う。 現在は「ほんたうの幸ひ」とは何か?をテーマに「天のルール」と「地のルール」を教える「天地彌榮塾(あめつちいやさかじゅく)」の塾長として活躍中。全国の神社を案内しながら、古神道にのっとった神社参拝方法や日本人の本質、大和魂とは何かを教えている。 その他役職 NPO法人サスティナブル・コミュニティ研究所 理事 主任研究員 趣味 書家。映画、舞台、能、絵画、メディアアートなどの芸術鑑賞 https://www.facebook.com/gogo.ukon