ごめんなさいと言えますか?

「ごめんなさい」はとても重要な言葉

 

このところ知ったのは
ホ・オポノポノの四つの言葉のうち
「ごめんなさい」がとても重要な言葉であるということです。

もしかすると一番重要なのではないかな?
と私は最近思います。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

とても迷惑をかけてしまった
と思っていた相手がいます。

相手はまったく悪くはなく
こちらが
自分の都合で相手に嫌な思いをさせてしまった。

ひどいことをしたことは
わかっていますから
最初はそのことから
逃げたいと思って自分の記憶を消そうとします。

そのできごとを
なかったかのようにする。

相手とのコンタクトも
取れないようにする。
着信拒否。
ともだち削除。

でも実はその記憶は
どこかに残ります。
心の奥底に。

フタをして
その記憶が出て
これないようにします。

ところがそれでも尚
その記憶は消えないで
残っているのです。

その負の記憶を
なんとか
解消しなくてはならない
と思い立ち
勇気をふるいたてて
謝ろうと思ったことがあります。

相手の氣持ちを
考えたら
とても怒っているだろう
とか
とても悲しい思いをしただろう
と考えつき
それで勇氣をふるいたて
謝りにいった。

ところが
その時に

何を今更
謝りになんて来たんだ !
あんたは自分の都合だけで
そうやって謝ったつもりになるのか?
いつもあんたは
自分勝手なんだ。
自分だけ謝って
すっきりしよう
なんて大間違いなんだよ !
と、怒鳴られ
なじられてしまう。

そんな経験ありますか?

私は
実はあります。

その時はとてもとても
悲しい辛い思いをしました。

正直、凹みました。
それがショックで
数日間なにもかもやる氣が失せました。

あやまらなきゃよかった。
とも思いました。
それが苦しいトラウマとして残っています。

だから
正直に言うと
ごめんなさい
と、謝るのは怖いことでもあります。

でもね。
それでも
ごめんなさい
と謝った方が善いのです。

それは
迷惑をかけた相手にとっては
腹立たしいことです。
許してくれないかもしれません。

それでも
ごめんなさい
と謝るんです。

その罵倒する
キツイエネルギーを受けとめるんです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

冬は
必ず春となる

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

許せない氣持ちは輪廻する。

こどもが
ごめんなさいと謝ってきた時に
それを必要以上になじったことはありませんか?

または
自分がこどもの時に
まちがいを犯した時に
親から恐ろしい勢いで
怒鳴られたり
折檻を受けたことはありませんか?

私は
父に殴られ腕を持って振り回され
タバコの火を押し付けられたことがあります。

だから今でもタバコは大嫌いです。

ごめんなさい
ごめんなさい
と何度も泣きながら謝りましたが許してもらえませんでした。

何度も裸足のまま外に逃げ出しました。

でもそのことは
後で知ったのですが
私が悪かったのではなく
単に父親のストレス解消のためだったと氣づきました。

だから長年、父を憎んでいました。
許すことができませんでした。

父から謝ってもらったことは
一度もありません。

でも今は父を許しています。

いや
許す、なんて
おこがましいことだな
と、今の自分はようやくですが
思えるようになりました。

思えばたくさんの善いことも
してもらえていました。

育ててくれて
学校にも行かせてくれた。
大学にも行かせて
もらえました。

それが当たり前だと思っていたために
感謝の氣持ちが薄くて
ひどいことをされた
記憶の方が勝って、許せないと思っていたのです。

みんな自分のことしか
考えられないものなんですね。

善い記憶より
悪い記憶の方が
消えないものなのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ごめんなさい
許してください
という言葉が言えるかどうか?

これは
自分の中にある
様々な自分が受けた負の体験と
逆に自分が他人に対してしてしまった
負のエネルギーを与えてしまったこと。

その両者のバランスを
比べてみることをするとわかります。

自分が受けた負のエネルギーは忘れません。

でも
他者に対してしてしまった
負のエネルギーには氣がつかない。

いや
多少氣づいているかもしれないけれど
それがどんなに重い負のエネルギーを与えて
しまったのか?
ということまでは
氣がつかないものなんだと思います。

私の父のようにね。

そして
そのことに氣づかない。
そのままだと
私の父のように
最終的には自分の人生を自分で小さなものにしてしまう。

これを
仏教では「因果応報」と言います。

また
これを自分だけではなくて
ご先祖さまの台から
つながる負の連鎖を
「業(カルマ)」といい
「六道輪廻」がある
といいます。

私はそのことを負っていると
氣がついたのです。

人はみな光の部分を見るようにします。

光の部分しか見えないともいえますね。

でも必ず影がある。
この影の部分も見ていかなくてはならないのです。

そのことに氣づき手を合わせるのです。

一方的な被害者
というものは実はないのかもしれない。

と今では思います。

負の連鎖というものがある。
自分がされた嫌な思いを知らず知らずのうちに
こんどは自分が他人にしてしまっている。

これを
どこかで断ち切らなければ
いつかまた自分が被害者のような
ことになってしまう時がくる。

もしくは
自分ではなく
自分のこどもや
子孫にその負のエネルギーを送ってしまう。

私の父がしてしまったことは
郷右近という家系が持つ負の連鎖を
そのまま自分のこどもに与えてしまったこと
だったのではないか?

であれば
その負の連鎖は
そのことに氣づいた私のところで断ち切らなくてはならない。

だから
自分から先に


ごめんなさい。

許してください。

と心から謝る
ことが必要なのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

長くなりました。
いつも長い文章を読んでくれて
ありがとうございます。

あなたの意見も
聞かせてくださいね。

あなたが今日も一日
幸せな一日でありますように。

ABOUTこの記事をかいた人

郷右近丸彦プロフィール 郷右近 丸彦(ごううこん まるひこ) 株式会社スピリッツ・ザ・ウォーター代表取締役 天地彌榮塾(あめつちいやさかじゅく)塾長 NPO法人サスティナブル・コミュニティ研究所 理事・主任研究員 1959年生まれ 職業・プランナー、プロデューサー、企画コンサルタント。 東京国際大学卒業後、メーカー、マスコミ業界、テレビ事業会社を経て独立。 平成9年9月9日に銀河鉄道999を走らせる「銀河鉄道999フェスティバル」、鳥取県境港市のテーマパーク「ゲゲゲの妖怪楽園」、環境浄化せっけん「善玉バイオ洗剤《浄(JOE)》」など数々の社会現象として話題となるイベント、事業、商品開発などを企画プロデュースする。日本を明るく元気にする「感動プランナー」を育成し、事業プロデュースをする感動創造プロデューサーとして活躍。解決が難しい課題を、わかり安く親しみやすい切り口からアプローチ、話題づくりにつなげることが評判となり、一部上場会社の企画顧問、様々な企業コンサルティングを行う。 現在は「ほんたうの幸ひ」とは何か?をテーマに「天のルール」と「地のルール」を教える「天地彌榮塾(あめつちいやさかじゅく)」の塾長として活躍中。全国の神社を案内しながら、古神道にのっとった神社参拝方法や日本人の本質、大和魂とは何かを教えている。 その他役職 NPO法人サスティナブル・コミュニティ研究所 理事 主任研究員 趣味 書家。映画、舞台、能、絵画、メディアアートなどの芸術鑑賞 https://www.facebook.com/gogo.ukon